赤塚真人の息子の過去が衝撃!妻との離婚や廃業の理由とは?

名脇役俳優といえば誰を思い浮かべますか!?

今回気になっちゃったのが名脇役俳優としても有名な赤塚真人さん!

なんと息子さんの過去話がかなーり衝撃的だとか!

いったいどんなことがあったのか!?

また妻と離婚したり、一時期俳優業を廃業となっていましたがいったいなぜなのか・・・!?

日本の映画界に欠かせない俳優をResearchです!

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赤塚真人さんのプロフィール!

赤塚真人2画像出典元:matome.naver.jp

生年月日   1951年3月19日

年齢     64歳

出身地    茨城県

血液型    O型

事務所    オフィスAMI

出典:wikipedia

 

たぶん名前を聞いてもぱっとわかる方はすくないかもしれませんが、

顔を見れば「あぁ!この人!」となること請負な赤塚さん。

月曜ゴールデンなんかで見かけることが最近は多いかな?

 

なんとも言えないその渋さ!

國村隼さんとか平泉成さんがすきなら知っているかもしれませんねー!

 

そんな赤塚さんですが、現在は劇団裏長屋マンショズという劇団の座長も務めていますが、

赤塚さんももともと劇団員でした。

どうやら劇団ひまわり出身で、その後東宝に入ったそうです。

というか・・・劇団ひまわりってすごい歴史があったんですね!

創業が1952年だそうなので、もう半世紀の歴史があるとは・・・。

ちょっとびっくり。笑

 

どうやら俳優としてブレイクしたのは映画「同胞(はらかた)」だそうで、

この作品はかの有名な監督!山田洋次監督の作品!

『男はつらいよ』シリーズや、『幸福の黄色いハンカチ』などを手がけた監督ですねー!

若い人はこのシリーズみたことがないって人もいるみたいですけど・・・

意外と面白いですよw

それこそ今でも通用するようなレベルの作品で、自分も虎さんは憧れですね-っ!笑

 

そんな今でも愛される作品を作り上げた監督は、その当時の赤塚さんにとっても憧れの存在で、

出演できるのが本当に幸せで光栄なことだったようです。

しかもそこでブレイクできたので感動はひとしおでしょうね!

 

俳優業が廃業の理由とは?

赤塚真人3画像出典元:uraman.jp

そんな赤塚さんですが、実は一時期俳優業を廃業していたとか!

いったいなにが・・・!?

 

どうやら、出演したある作品で主演俳優と衝突!

その責任を問われて廃業してしまったとか・・・

20代前半のことで、ちょうど青春ドラマがブームになっていた1960年代後半〜1970年代前半のことですね。

 

それこそ気のいい人物だという評判が多いだけにちょっと驚き!

いったい相手は誰だったのでしょうか・・・

赤塚さんは当時は青春ドラマ系の作品に多く出演されていたことを考えると

同年代くらいの俳優さんでしょうけど・・・

 

そして廃業時は調理師や左官(壁を塗る職人)などをしていたとか。

そこで、救済してくれたのが過去に赤塚さんをキャスティングしたことがあった脚本家の高橋正圀さんだったとか。

その高橋さんが山田監督に推薦し、「同胞」へ出演。

晴れて、ブレイク、となったわけです。

赤塚さんの恩人といえば、「高橋正圀」さんなのかもしれませんね。

 

妻との離婚理由とは?

赤塚真人4画像出典元:office-ami.sub.jp

そんな赤塚さん。

長女と長男がいる2児の父親でもあります。

 

もちろん奥さんもいたわけですが・・・自治は離婚されています。

いったいなぜ?!

と思って調べてみるとそこには「俳優としてのブレイク」が関係していました。

 

どうやら『同胞』にてブレイクし、監督やプロデューサーからオファーが殺到。

売れっ子俳優となったわけですが、それに伴い家庭での生活がおろそかに・・・

 

「亭主元気で留守がいい」なーんて言葉もありますが、

そうではなかったようで、ついに奥さんが去ってしまったそうです。

たしかに家に全然いないっていうのも寂しいですし、

「稼いでいるからいいだろ!」なんて言葉がでちゃったら家族の仲にはひびが入っちゃいますよね・・・

 

そんな仕事人間となったための離婚だったようです。

 

それこそ昔は『仕事人間』って父親が多かったんですけどねー・・・

自分の周りにも結構いましたし。

今ではだいぶ少なくなってきているので、子供としてはいいのでは?

しかし、少なくなったことで。

「亭主元気で留守がいい」

なんて言葉を効く機会が増えたのも寂しいもんです。

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息子の過去が衝撃的!

赤塚真人5画像出典元:office-ami.sub.jp

離婚されて二人の子供を引き取った赤塚さん。

その後にも息子関係で、ひと悶着あったわけです。

 

離婚後、シングルファーザーとしての生活が始まったことで、一時期は俳優をやめ廃業時に培った調理師の腕を用いて、

ラーメン屋でも始めようとも考えたそうですが、

長女の「テレビに出ているお父さんを見るのが楽しみなの。俳優を辞めないで」

ということばで俳優を続けることを決心。

 

そのかわり、赤塚さんの母親が住む茨城県に引っ越しし、できるだけ子供と一緒にいてやりたい、

という思いから遠くで行われるロケが多い仕事は断ったりもしていたそうです。

 

田舎で子供と田んぼ遊びなどをし、子供たちの弁当つくり、学校行事にも参加という

すばらしい父親となった赤塚さん。

子供たちが中学校に進学したことをきっかけで芸能界に本腰をいれたわけですが・・・

 

そこで、息子が反抗期というのもあって、グレてしまい、

髪は金髪にそめ、そして暴走族に・・・

どうやら息子さんが小学校6年生のころだそうですね。

 

どうやら赤塚さんは、悪いとこは厳しくしかり、いいところは特に褒めることがなかったとか。

そして、子供との交流が多かったことも非行に走ってしまった原因になったのかも知れませんね。

反抗期というのはある意味で『親の縛りからの脱却』という面がありますから。

このへんが難しいところですよね・・・

過保護でも反動で悪い方へなったり、逆に放任でも『自分を見てほしい』という根底にある欲求から非行に走ったり・・・

反抗期は自分にもありましたが、なかなか難しいものです。笑

 

 

そんな息子さんですが、

暴走族に入り何ヶ月も連絡をよこさなかったらしいですが、ある日「まじめになる」と連絡が。

その言葉どおり、息子さんは看護師になるために猛勉強。

そして、晴れて看護師になったそうです。

 

その暴走族での生活でいったいなにがあったのか・・・

やはり何かしら大きな出来事があったんでしょうね。

それこそ、仲間が交通事故などで大怪我をおったりしたのかもしれません。

赤塚さんも義理や人情厚い方ですが、息子さんもそうだったのかも。

それで「暴走族にいても仲間を守るのは暴力となる。そしてそれは他の人を傷つけてしまう。」

ということに気づいたのでは?

 

そうであるからこそ、看護師という職業だったのでしょう。

いまでは変わってきていますが、まだ当時は男性看護師って多くなかったですしね・・・

 

そんな更生した息子さんをみて、赤塚さんも

「自慢の息子で、誇らしい。」

と思っているようです。

波瀾万丈なことも多かったようですが、やはり家族の愛はしっかりと根付いていたようですね。

 

まとめ

今回は名脇役の赤塚真人さんについて調べていきました!

まとめとしては、

  • 息子さんは小学6年生で暴走族へ。しかし更生し、今では看護師。
  • 妻との離婚は俳優業が忙しくなり、家庭をおろそかにしてしまったため。
  • 俳優を廃業していたのは、主演俳優との衝突!

と言った感じです!

なんというか一つのドラマを見ているかのような人生で不覚にもうるってきてしましました。笑

いっそのことどこかの局でオリジナルドラマとかにしてくれないかなぁ・・・

それこそ、24時間テレビとか、題材的にもぴったりでは!?

『子供の成長と、親の成長。』

というすばらしい話だと思うんですが・・・・?

 

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